震災から31年、今思うこと。
震災から31年経ちました。
おはようございます。
日本製 オリジナルデザイン バッグ・財布 ブランド
イントロダクション
オーナー バッグデザイナーの 工藤 友里です。
西日本で震災といえば、阪神淡路大震災、
東日本では、東日本大震災。
自分の体験や、自分に近い関係の人や場所の出来事が、
その人にとっての記憶のインパクトの強弱を決めるなあと、つくづく思った温度差。
遠くの国の終わらない戦争も、
自分ごとになりにくいのも、
心身ともに遠いのが大きな理由。
そこに必要なのは人の痛みを思いやる想像力。
人間には想像する力を、本来持ち備えているはず。
今日は阪神淡路大震災から31年。
当時、大阪のマンション9階に住んでいましたが、
揺れと同時に玄関の扉を開けにダッシュ💨
まず出口の確保。
扉が歪んだら開かなくなると、
小さな頃から教えられて来ました。
幸い、芦屋市の実家にはすぐに連絡ついて、
ピアノや冷蔵庫が30センチくらい動いて、食器棚が全開したくらいで、家族が無事とのことが聞けていたので、
ひと安心。
直後から大阪では日常生活とのギャップ。
西宮北口駅まで阪急電車が復旧したのが、
確か1週間後くらい。
西宮北口からは、2駅線路を歩いて、
実家に向かいました。
途中、橋が落ちていたり、ビルは1階がへしゃげてひざまづいた形状に。
知り合いの家族も、何人も亡くなりました。
地元の学校でも、何人も子供が亡くなっていました。
断水が続き、1ヶ月くらいは近くの学校の校庭に自衛隊が作ってくれたお風呂にお世話になっていたようです。
ボランティアもたくさん来たのに、情報が錯綜して、同時は、必要なところにその好意はなかなか届かなかったようです。
同じようなことを東日本の人からは、
東日本大震災の話しを聞きます。
そして、昨日の東京の山手線などの交通障害。
1日違っていたら、受験生達も巻き込まれて、
更に大変なことになっていましたね。
震災は忘れた頃にやってくる。
備えあれば憂いなし。
当たり前のことは、何一つない。
心して、かけがえのない1日1日、感謝を忘れず、
丁寧に生きていきたいものです。
そして、
できる人ができる時にできる事をすること。
困っている人がいたら、
自分にできることを行動していける人でありたいです。

